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書道の本質

書道は文字を素材として成立する。しかし、文字そのものは書ではない。ましてや、墨と筆を取り文字を書いたからといって、それが書になるわけではない。文字を何等かの方法によってあらわす動作(書法)と、その結果(筆跡)とをわれわれは書といっている。そして書における線と形の純粋さは、書の生命として絶対的なものである。線の特質は、形としての役割を演ずるばかりではなく、人のもつ思想、感情を端的に表現し得るものである。すなわち、筆者の内的生命を、線をとおして最も純粋にあらわしたものが書であって、書を製作する道を学ぶのが「書道」に外ならない。昨今、書芸術に思い切った自由性を加えて見ようかとか、従来の書に革新的な味を盛ってみようとか、書の表現態度や鑑賞態度に根本的な芸術性を与えようとかいうような動向は、新しい境地の開拓に大きな功績を呼んでいる。しかし、書芸術においては、抽象的な符号としての文字を素材とするのであるから、他芸術におけるような奔放な自由は与えられない。「日」と「目」は一見して区別出来るように書かなくてはならないし、いくら墨線の面白さを表現したとしても誤った文字を書くと、書としてその本質を失ってしまう。また、「川」という文字を、あたかも水が流れているように書いたり、「煙」という文字をかまどの煙が上に流れ出るかたちに書いたりすることは、文字の成り立ちである象形的な絵に逆戻りすることであって、これは絵としても書としても全く意味がないことである。この事を理解できている者がいかに少ないか。また、文字の意味から「楽」をたのしく書いたり、「苦」をくるしそうに表現しても、同じ内容を意味と表現との重複に過ぎず、芸術として、はなはだ陳腐な表現方法であると理解出来ている者がいかに少数か。誠に嘆かわしいことである。革新的な試みは、書に新しい息吹を与えさせようとする努力においては貴いが、前述のような書の本質を逸脱するような行ないは慎むべきであり、無批判にそれを芸術書と盲信するが如きは、書を邪道に閉じ込めてしまうおそれがある。すなわち、いたずらに低調で、幼稚で、奇異な書風が流行し、本格的な書を蔑視するような結果に陥らないとも限らない。個性豊かな作品と称して、今日、俗受けのする巧妙さに終始する作品、いわゆる創作的態度を強調するあまり、書の本質を無視し、真の書美を鑑賞する眼をくらませたり、あるいは、書の大衆化を提唱するあまり、書の限界を超え、安価な墨遊びをもって芸術書道と誤解させたりするごときは、断じて許されないことなのである。本会は、美しいと感じた直観を書的客観性のある美的秩序の下に表現しようとするのが目的であり、気韻生動こそが書の本質であると考える。ここに多くのご賛同を願えれば幸いである。
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